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2011年4月8日金曜日

トーデンさんからゴテゴテまで

今回の地震で、東電さんが諸悪の根源みたいにバッシングされるのを良く見かけますが、私はどうも同情する側に回ってしまいます。今日は会社帰りにそんな気分になって、ちょっといろいろ書きたくなりました。

同情するのは何でかな、と自分なりに考えてみると、

東電さんも一番過酷な被災者のひとりなことは間違いないはずなのに、あれからもう1ヶ月近く、なだめても治まらない原発、拡がる放射能を相手に、世界中からの冷たい目線の中で必死にこれ以上悪くならないようにと頑張っている。良く言えばそんなことなのかな。

何言ってんのさ!自作自演!無責任!みたいなところは、電力事業を通じて利益を得ており、その手段として原発を用い、安全なんですと言っていたことから考えれば、少なからずそういうことはあるんだろうと、もちろん理解はできます。また、そういう考えが一般的なんだろうとも思います。

自分がごく普通のサラリーマンであり、年齢的には中間管理職、いくつかの製品を世に出し、それで利益というか給料を貰っている境遇なので、会見に出てくるちょっと前まで普通のおじさんたちが哀れに見えてしまうというところも大いにあるんでしょう。提供しているものは電気じゃないんだけど、製品をもって人に迷惑をかけようなどと思ったことは当然なく、よかれと思って今までやってきたことが、ある日突然、悪徳業者に貶められてしまっている、少なくとも私からはそう見える、そんなことが起ったらと思うと、背筋が寒いです。

それが現実となって目の前にあるのが、「東電」とひとくくりで言われているそこに働いている人たちだと思うと、やっぱりどうも身につまされてしまうんですよね。

もう一つ、私は技術屋の端くれ、端っこの端っこですが、まあでもあるので、やっぱり今回の地震は災難だと思うんです。どこまで本当かはわかりませんが、今回の地震や津波は、「想定外」の規模であったと言われています。本当にそうなら、技術屋的には、ある経済的現実性の中で、設計の前提条件を大きく上回る外乱に対しては壊れて当然、むしろ壊れなければオーバスペックだと思います。そんな過大な設備を作ったら、無駄遣いだと批判する人もいるんじゃないでしょうか。

原発の安全神話が崩れたとか、そんな文字も見ましたが、ある「想定内」の状況には今でも十分安全なんじゃないかと思います。推測ですけどね。一般の人や評論家などに、そうやって前提抜きに危険だとかなんとか言われてしまうこの状況に、原発の安全を設計してきた人にとっては、本当にくやしいんじゃないかと思うんです。地震が、津波が、「想定内」であったなら、自分たちが頑張って考えた設計で、原発が救われる、みんなが救われるところを、あり得ない?災害だったから、計画されていた、準備されていた手段がどんどんダメになっていってしまい、結局最終的に、「危険」というレッテルのみが残る。
そんな意味でも、やっぱり同情しちゃうんです。だってね、地球が半分に割れちゃったらとか、月が落っこちてきたらとか、想定できないですから。これは大げさなんですよ。でも、責任を持って線を引くって想像以上に難しいですよ。

多分、今後は今回の地震の規模が一つの目安になって、いろんな防災対策が検討されると思いますけど、それで十分だって誰も保証できないと思うし、その「想定」が崩れないなんて誰にもわからないですよね。これから一生懸命対策をしても、将来その想定を越える災害が起きてしまえば、また同じ怒りや批判が溢れるんでしょう。
我々が生活する中で今や「ライフライン」と言われる電気。それを提供する方法として原子力発電は避けては通れないんじゃないかと思うし(私が勝手に思うだけで、うそかもね)、例えば震度50の地震にも耐える構造なんて経済的にも常識的にもない。必要性、安全性、現実性、経済性、さっきの線引きの話、難しいです。

悔しい人と言えば、港湾の防波堤/防潮堤を設計した人も、なんだかものすごく無念何じゃないかと思います。間違いなく人を救おうと思って作った堤防が、「想定外」の自然の猛威に対して、無力と言わないまでも、十分機能を発揮できなかった。もちろん、想定外なんだから、十分役に立つ訳はないんですけどね。もうちょっと高く設計しておけば、もうちょっと予算を取っておけば、いろんな後悔があるんじゃないかと思います。
でも、何でもっと塀を高くしなかったんだとか、あんまり怒られてませんよね。もっと怒られればいいのにって訳じゃなくて、東電さんが怒られ過ぎじゃないかって、また同情しちゃうわけです。変な話、津波では多くの尊い命が失われましたが、放射能では人的被害は(今のところ)ないですよね。抗いがたい自然災害と、制御できるはずの人工災害/人的災害の差なのかな。

それから。
後手後手って言う人もいるけど、そう言う人も含めて、先手先手にすべて正しいことができる人なんているのかなと思っちゃいます。未曾有の災害、誰も経験したことがない危機を目の前にして、世界中の人が見守る中、正しいことのみを未来を見越して行う。神のみぞなせる技のような気がします。
人間ができることは、今までの経験と、多くの人の英知を集め、多分こうじゃないか、これがいいんじゃないかと、手を打っては失敗し、そのうちちょっとずつ正解が見え隠れしているのを見逃さずに掴み、しがみついてなんとか前に進む。間違いなく、後手後手だよね。しかし、わからないことに立ち向かう時にはいつもそうだと思います。
さぼったり、怠けたり、いい加減だったり、そういうことがない限り、一生懸命やってる技術者や作業者、政治家にだって、安易に後手後手なんて私は言えないんです。これも、仕事でお客さんにいつも後手後手だって言われるから、身につまされちゃうのかな。

東電さんがもっとも過酷な被災者の一人と書きましたが、もちろん、それ以上に、原発の周りに住んで避難されている方や、原発関係ないのに駆り出されてる自衛隊や消防の方々の災難は本当に計り知れないです。心からお見舞いと、最大の感謝を送りたいと思います。
なんとか早く、苦難から開放されることを切に祈ります。

本当に心からそう思いますが、言うのは簡単ですね。東電に同情するなんて、関西でのほほんとしているから言えるのかもしれません。何ができるか、また考えてみたいと思います。

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